質問に対する回答
2008/01/31/Thu
7月初旬に、反サミットのデモを計画したいという話題をmixiで書いたところ、「なぜサミットに反対するのか」という質問をいただきました。そこで、その質問に対する回答を作成しました。
まず、質問1「なぜサミットに反対するのか(サミットの問題点は何なのか)」に対する回答1です。次に質問2「ではサミット以外のどのような会議なら賛成するのか/国連の機能が低迷している現在、力なき多数派の意見は反映されていないし…」に対する回答2です。最後に質問3「先進国の利益追求が途上国にもたらす被害の具体例とは何なのか」に対する回答3です。
回答1
サミット(主要国首脳会議)の問題点は、「先進国」が「途上国」の意思を反映することなく世界の経済的支配を議論する、ということです。
例えば、この「主要国首脳会議」に含まれる国家の数はたった「8」です(ロシアは参加するのかな?しなかったら「7」です)。しかし、国連に加盟している国家の数は現在192にのぼります。では、残りの184カ国の世界経済に対する意思はどうなるのでしょうか?そしてさらに、その184カ国のうちの大部分を閉めている「途上国」と呼ばれる国々の世界経済に対する意思はどうなるのでしょうか?国連の外に組織された「主要国首脳会議」なるものの内部において、「先進国」にとって有益である世界の構造を再生産していることが大きな問題なのです。ここでいう世界構造とは、いうまでもなく「グローバリゼーション」が引き起こした「帝国」の秩序です。
「途上国」は、「先進国」が掌握する政治的・経済的・文化的ヘゲモニーの支配を受けています。「先進国」の「植民地なき植民地政策」のもとに、「〈新〉植民地」として存在しているともいえます。こうした「途上国」が「先進国」と平等(理念的にですが)に意見を交わし、自らの主権を表明できる場が国連のような全世界的な機構であるわけです。したがってそうした場においては、「先進国」の利益追求のもとに「帝国」秩序の内部で搾取されている「途上国」(すなわち「〈新〉植民地」)の主張は、「先進国」にとって非常に邪魔になるわけです。
そのため「先進国」は「途上国」を排除した閉鎖的空間としてのサミットにおいて、自らの利益追求や〈新〉植民地政策(ひとことでいえばヘゲモニーの維持)を可能にするための議論を行い、さらにその実践を行おうとするのです。
このような理由から私は、「先進国」が勝手に世界経済の支配を押し進めようとするサミットに反対なのです。
しかし、先ほど友達に「先進国」だからこそ決められることがある、と反論されました。では逆に聞きたい。「『先進国』だからこそ決められること」とは、何を意味するのでしょうか。それはだれの利益を代表する「こと」なのでしょうか。それは「先進国」の既得権益(つまりグローバルな政治的・経済的・文化的ヘゲモニー)を抱えるグローバル資本の利益を代表し、保護するための「ルール」のことです。なぜなら、「先進国」は自らが追求する「利益」(グローバル資本が追求する利益と「先進国」が追求する利益は結びついていると言わざるをえない)と相反する「利益」(つまり「先進国」のヘゲモニーを動揺させる可能性をもつ利益)を主張する「途上国」の発展を優先することで自らの利益追求(海外への「帝国主義的経済政策」など)を止めるわけにはいかないからです。
それは「先進国」の政治・経済・文化を動かしているイデオロギーがまさに資本主義であり(先進国と呼ばれる所以は、高度に「資本主義化」あるいは「市場化」が進んでいるということを含んでいるのですから)、さらにまたその資本主義が資本主義たる理由(つまり社会が「資本増殖を指向する運動過程」の内部にあること)、および現在においてこの資本増殖の運動過程が経済の「グローバル化」の中で(すなわちグローバル資本の拡大過程の中で)おこっているということから導き出される当然の帰結です。資本主義という巨悪に、「先進国」自体が支配されている、ともいえるかもしれないですね。
またそうした金融/投資/貿易といった様々な経済分野のグローバル化(つまり「先進国」による経済的ヘゲモニーの掌握)を正当化し、同時に強化推進するためのルールづくりを行ってきたのがIMFやWTOというわけです。
話がグローバリゼーションと資本主義にまで及んだので、かなりの長文になってしまいましたが(及ばざるを得ないのもあるわけですが)、どうでしたか?私がG8に反対するだいたいの理由を分かってもらえたでしょうか?
ちなみにこうした世界の構造に対するオルタナティヴを模索し、活動しているアソシエーションにフランス発のATTAC(Association of Taxation of Financial Transactions for the Aid of Citizens)があります。私も会員です。笑
ただし、このATTACが採用しているトービン税(国際的な投機に課税し、徴収した税を途上国に再分配するもの)の考え方はあくまでも資本主義を前提にしており、「グローバルな支配構造のなかでもういちど各国民国家の主権を復活させ、資本主義を規制された段階に復帰させる」という立場であって資本主義そのものに対する変革の意図は薄いといえるでしょう。しかし現在よくいわれる「もうひとつの世界は可能だ」との言葉を採用しているので、なにかを変革しようとする意思は強いと思います。
世界的にみれば反グローバリゼーションの動きはかなりの規模でおこっています。近年もシアトルやジェノヴァで、サミットに反対する集会やデモに何万人もの人々が参加しました。わたしたちの多くはまったくそんなことを知らないわけですが。さらに日本では「日本が『先進国』の中で存在感を見せつけられるかどうか」といったことがよく話題になりますが、この次元の話題に終始していてはサミットの本質をとらえきれないのでは?と感じています。
私自身が「先進国」の人間で、資本主義の恩恵を受ける特権的立場にいるのですが、だからこそその特権的立場に意識的になりその「特権」のひとつ(発言できる立場にいるということ)を戦略的に用いて、この構造に疑問を発していかなければいけないと感じています。
この世界で起きていることに対して、何もしないでいられること、無知でいられること、これは特権的立場にいる人間誰しもが犯す罪でしょう。
長くて、挿入が多くて、非常に読みにくかったかと思いますが、この問題は是非この機会にみんなで一緒に考えたい問題だと思います。いかがでしょうか。
参考文献
「アンチ資本主義宣言―グローバリゼーションに挑む」(アレックス・カリニコス著、渡辺雅男・渡辺景子訳、こぶし書房、2004年)
「グローバリゼーションとは何か―液状化する世界を読み解く」(伊豫谷登士翁、平凡社新書、2002年)
「〈新〉植民地主義論―グローバル化時代の植民地主義を問う」(西川長夫、平凡社、2006)
etc…
Another World Is Possible!!
回答2
それは、主権国家体制が維持されている状況では、やはり国連の機能回復に依存するしかないのかもしれないですね。常任理事国という制度自体も問題だろうし、結局大国の意見がまかり通っている現状は批判されるべきでしょうね。
ただし、会議の形態のみが問題なのではなく、「帝国」秩序が問題なのだと思います。「帝国」の秩序が、そうした「先進国」による「先進国」のための会議の場を形成しているわけですから。
民主主義を実現するためには、諸個人の政治的「成熟」が必要不可欠だと思います。ポピュリズムは無知と無関心の大衆を利用するものですし、ひとりひとりの「政治化」なしには民主主義は実現しないと思うわけです。
とはいえ実際にこれまでに本当に「民主的」な政治が行われた時代があったかというとこれまた疑問ですね。ということは、「民主制」というものは、これまで実現したことがなかったからこそ、追求されるべきものなのかもしれない。「理性の統制的使用」によって。
例えば、新しい世界秩序形態の例をあげるとすれば、カントが「永遠平和のために」の中で提唱した「世界共和国」という形態でしょうか。とてつもなく理想主義的であると反論されるかもしれないですが。これはすべての国家が主権を放棄することによって形成される、と考えられます。主権を放棄することで、国家は揚棄され、国家間の自然状態(戦争状態)が解消されると考えられます。
この「世界共和国」においては、自由の互酬性が回復される(つまりわれわれが資本/市場/国家/共同体による拘束から解放され、他者との相互交感的/相互浸透的関係を築くことができる)とされています。カントのいうところの、「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱う」ということを目指すということです(「他者」は資本主義のもとでは必然的に「手段」としての扱いを受けざるをえない)。
もし仮にこうしたアソシーエショニズムが成立したとすると、大国がヘゲモニーをにぎる(たとえばサミット)、グローバル資本が世界の秩序を生み出す(帝国)、というありかたそのものを変革するのではないでしょうか。
参考文献「世界共和国へー資本=ネーション=国家を超えて」(柄谷行人、岩波新書、2006年)
回答3
1.たとえば世界規模で展開されるアグリビジネス。「途上国」の農家の人々は、「先進国」の多国籍企業/化学薬品会社(例えばアメリカのモンサント社)が作った除草剤を使用しています(モンサント社は多国籍企業で、また農薬販売において非常に巨大なシェアをもっています)。しかし、この強力な除草剤を浴びても枯れない作物とは、これまた同じ「先進国」の多国籍企業/化学薬品会社(モンサント社など)のテクノロジーが生み出した遺伝子組み換え作物なのです。つまり、安価な農薬を買うと、種子もまた同社のものを買わざるをえなくなるわけです。ここで問題なのは、「先進国」の企業が儲かっている、という事実のみではなくて、その農薬や遺伝子組み換え作物を農業に用い続けることが自然破壊を引き起こしたり、健康被害を引き起こしているということです。タバコ生産で世界屈指のアルゼンチンやブラジルなどでたくさんの被害が報告されているようです。
2.西アフリカのシエラレオネでは、1991年から2002年にかけて、ダイヤモンド権益をめぐる抗争を発端に軍事クーデターと内乱が頻発しました。この内線では、統一革命戦線とよばれるグループが、2万人にものぼる市民の手足を切断したそうです。この内線を引き起こしたダイヤモンドは、まさに「先進国」の企業が高価に買い付け、それを「先進国」の富裕層が消費しているものです。毎年、3億ドルから4億5000ドルのシエラレオネ産ダイヤモンドが世界のショーケースを飾っているのです。内戦時には、ダイヤモンドの密売で得られた莫大な利益が、市民の手足を切断する軍事費に消えたのです。
3.エイズ治療薬の特許の問題。「先進国」の製薬会社は、自分たちが研究開発した治療薬の特許を取得し、特許料から莫大な利益を得ています。先日もアメリカでは非営利の団体がこれに反対の声をあげたそうです。しかし「先進国」のエイズ患者団体にはそういった反対行動が可能かもしれないけれど、アフリカのような「途上国」地域の人々は反対の声をあげることすらできないわけです。彼/彼女らは、特許料を上乗せされた高額な治療薬を買うことができない。また「知的所有権」(つまり特許)がWTOによって保護されているため、ジェネリック薬の製造も進まない。これもやはり「先進国」のグローバル資本/企業の利益追求が、「途上国」の人々を苦しめている例といえるでしょう。
等々、いくらでも例はあがると思います。アディダスのサッカーボールを縫製する人々の手があまりの重労働に痛めつけられていること、少しでも安い賃金水準の地域を探してナイキの工場は移動していること…いろいろ身近な多国籍企業が、世界の途上国に影響を与えているようです。
本当に7月初旬、デモをやりたいと思っています。このブログ上でもみんなで考えてみませんか?
まず、質問1「なぜサミットに反対するのか(サミットの問題点は何なのか)」に対する回答1です。次に質問2「ではサミット以外のどのような会議なら賛成するのか/国連の機能が低迷している現在、力なき多数派の意見は反映されていないし…」に対する回答2です。最後に質問3「先進国の利益追求が途上国にもたらす被害の具体例とは何なのか」に対する回答3です。
回答1
サミット(主要国首脳会議)の問題点は、「先進国」が「途上国」の意思を反映することなく世界の経済的支配を議論する、ということです。
例えば、この「主要国首脳会議」に含まれる国家の数はたった「8」です(ロシアは参加するのかな?しなかったら「7」です)。しかし、国連に加盟している国家の数は現在192にのぼります。では、残りの184カ国の世界経済に対する意思はどうなるのでしょうか?そしてさらに、その184カ国のうちの大部分を閉めている「途上国」と呼ばれる国々の世界経済に対する意思はどうなるのでしょうか?国連の外に組織された「主要国首脳会議」なるものの内部において、「先進国」にとって有益である世界の構造を再生産していることが大きな問題なのです。ここでいう世界構造とは、いうまでもなく「グローバリゼーション」が引き起こした「帝国」の秩序です。
「途上国」は、「先進国」が掌握する政治的・経済的・文化的ヘゲモニーの支配を受けています。「先進国」の「植民地なき植民地政策」のもとに、「〈新〉植民地」として存在しているともいえます。こうした「途上国」が「先進国」と平等(理念的にですが)に意見を交わし、自らの主権を表明できる場が国連のような全世界的な機構であるわけです。したがってそうした場においては、「先進国」の利益追求のもとに「帝国」秩序の内部で搾取されている「途上国」(すなわち「〈新〉植民地」)の主張は、「先進国」にとって非常に邪魔になるわけです。
そのため「先進国」は「途上国」を排除した閉鎖的空間としてのサミットにおいて、自らの利益追求や〈新〉植民地政策(ひとことでいえばヘゲモニーの維持)を可能にするための議論を行い、さらにその実践を行おうとするのです。
このような理由から私は、「先進国」が勝手に世界経済の支配を押し進めようとするサミットに反対なのです。
しかし、先ほど友達に「先進国」だからこそ決められることがある、と反論されました。では逆に聞きたい。「『先進国』だからこそ決められること」とは、何を意味するのでしょうか。それはだれの利益を代表する「こと」なのでしょうか。それは「先進国」の既得権益(つまりグローバルな政治的・経済的・文化的ヘゲモニー)を抱えるグローバル資本の利益を代表し、保護するための「ルール」のことです。なぜなら、「先進国」は自らが追求する「利益」(グローバル資本が追求する利益と「先進国」が追求する利益は結びついていると言わざるをえない)と相反する「利益」(つまり「先進国」のヘゲモニーを動揺させる可能性をもつ利益)を主張する「途上国」の発展を優先することで自らの利益追求(海外への「帝国主義的経済政策」など)を止めるわけにはいかないからです。
それは「先進国」の政治・経済・文化を動かしているイデオロギーがまさに資本主義であり(先進国と呼ばれる所以は、高度に「資本主義化」あるいは「市場化」が進んでいるということを含んでいるのですから)、さらにまたその資本主義が資本主義たる理由(つまり社会が「資本増殖を指向する運動過程」の内部にあること)、および現在においてこの資本増殖の運動過程が経済の「グローバル化」の中で(すなわちグローバル資本の拡大過程の中で)おこっているということから導き出される当然の帰結です。資本主義という巨悪に、「先進国」自体が支配されている、ともいえるかもしれないですね。
またそうした金融/投資/貿易といった様々な経済分野のグローバル化(つまり「先進国」による経済的ヘゲモニーの掌握)を正当化し、同時に強化推進するためのルールづくりを行ってきたのがIMFやWTOというわけです。
話がグローバリゼーションと資本主義にまで及んだので、かなりの長文になってしまいましたが(及ばざるを得ないのもあるわけですが)、どうでしたか?私がG8に反対するだいたいの理由を分かってもらえたでしょうか?
ちなみにこうした世界の構造に対するオルタナティヴを模索し、活動しているアソシエーションにフランス発のATTAC(Association of Taxation of Financial Transactions for the Aid of Citizens)があります。私も会員です。笑
ただし、このATTACが採用しているトービン税(国際的な投機に課税し、徴収した税を途上国に再分配するもの)の考え方はあくまでも資本主義を前提にしており、「グローバルな支配構造のなかでもういちど各国民国家の主権を復活させ、資本主義を規制された段階に復帰させる」という立場であって資本主義そのものに対する変革の意図は薄いといえるでしょう。しかし現在よくいわれる「もうひとつの世界は可能だ」との言葉を採用しているので、なにかを変革しようとする意思は強いと思います。
世界的にみれば反グローバリゼーションの動きはかなりの規模でおこっています。近年もシアトルやジェノヴァで、サミットに反対する集会やデモに何万人もの人々が参加しました。わたしたちの多くはまったくそんなことを知らないわけですが。さらに日本では「日本が『先進国』の中で存在感を見せつけられるかどうか」といったことがよく話題になりますが、この次元の話題に終始していてはサミットの本質をとらえきれないのでは?と感じています。
私自身が「先進国」の人間で、資本主義の恩恵を受ける特権的立場にいるのですが、だからこそその特権的立場に意識的になりその「特権」のひとつ(発言できる立場にいるということ)を戦略的に用いて、この構造に疑問を発していかなければいけないと感じています。
この世界で起きていることに対して、何もしないでいられること、無知でいられること、これは特権的立場にいる人間誰しもが犯す罪でしょう。
長くて、挿入が多くて、非常に読みにくかったかと思いますが、この問題は是非この機会にみんなで一緒に考えたい問題だと思います。いかがでしょうか。
参考文献
「アンチ資本主義宣言―グローバリゼーションに挑む」(アレックス・カリニコス著、渡辺雅男・渡辺景子訳、こぶし書房、2004年)
「グローバリゼーションとは何か―液状化する世界を読み解く」(伊豫谷登士翁、平凡社新書、2002年)
「〈新〉植民地主義論―グローバル化時代の植民地主義を問う」(西川長夫、平凡社、2006)
etc…
Another World Is Possible!!
回答2
それは、主権国家体制が維持されている状況では、やはり国連の機能回復に依存するしかないのかもしれないですね。常任理事国という制度自体も問題だろうし、結局大国の意見がまかり通っている現状は批判されるべきでしょうね。
ただし、会議の形態のみが問題なのではなく、「帝国」秩序が問題なのだと思います。「帝国」の秩序が、そうした「先進国」による「先進国」のための会議の場を形成しているわけですから。
民主主義を実現するためには、諸個人の政治的「成熟」が必要不可欠だと思います。ポピュリズムは無知と無関心の大衆を利用するものですし、ひとりひとりの「政治化」なしには民主主義は実現しないと思うわけです。
とはいえ実際にこれまでに本当に「民主的」な政治が行われた時代があったかというとこれまた疑問ですね。ということは、「民主制」というものは、これまで実現したことがなかったからこそ、追求されるべきものなのかもしれない。「理性の統制的使用」によって。
例えば、新しい世界秩序形態の例をあげるとすれば、カントが「永遠平和のために」の中で提唱した「世界共和国」という形態でしょうか。とてつもなく理想主義的であると反論されるかもしれないですが。これはすべての国家が主権を放棄することによって形成される、と考えられます。主権を放棄することで、国家は揚棄され、国家間の自然状態(戦争状態)が解消されると考えられます。
この「世界共和国」においては、自由の互酬性が回復される(つまりわれわれが資本/市場/国家/共同体による拘束から解放され、他者との相互交感的/相互浸透的関係を築くことができる)とされています。カントのいうところの、「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱う」ということを目指すということです(「他者」は資本主義のもとでは必然的に「手段」としての扱いを受けざるをえない)。
もし仮にこうしたアソシーエショニズムが成立したとすると、大国がヘゲモニーをにぎる(たとえばサミット)、グローバル資本が世界の秩序を生み出す(帝国)、というありかたそのものを変革するのではないでしょうか。
参考文献「世界共和国へー資本=ネーション=国家を超えて」(柄谷行人、岩波新書、2006年)
回答3
1.たとえば世界規模で展開されるアグリビジネス。「途上国」の農家の人々は、「先進国」の多国籍企業/化学薬品会社(例えばアメリカのモンサント社)が作った除草剤を使用しています(モンサント社は多国籍企業で、また農薬販売において非常に巨大なシェアをもっています)。しかし、この強力な除草剤を浴びても枯れない作物とは、これまた同じ「先進国」の多国籍企業/化学薬品会社(モンサント社など)のテクノロジーが生み出した遺伝子組み換え作物なのです。つまり、安価な農薬を買うと、種子もまた同社のものを買わざるをえなくなるわけです。ここで問題なのは、「先進国」の企業が儲かっている、という事実のみではなくて、その農薬や遺伝子組み換え作物を農業に用い続けることが自然破壊を引き起こしたり、健康被害を引き起こしているということです。タバコ生産で世界屈指のアルゼンチンやブラジルなどでたくさんの被害が報告されているようです。
2.西アフリカのシエラレオネでは、1991年から2002年にかけて、ダイヤモンド権益をめぐる抗争を発端に軍事クーデターと内乱が頻発しました。この内線では、統一革命戦線とよばれるグループが、2万人にものぼる市民の手足を切断したそうです。この内線を引き起こしたダイヤモンドは、まさに「先進国」の企業が高価に買い付け、それを「先進国」の富裕層が消費しているものです。毎年、3億ドルから4億5000ドルのシエラレオネ産ダイヤモンドが世界のショーケースを飾っているのです。内戦時には、ダイヤモンドの密売で得られた莫大な利益が、市民の手足を切断する軍事費に消えたのです。
3.エイズ治療薬の特許の問題。「先進国」の製薬会社は、自分たちが研究開発した治療薬の特許を取得し、特許料から莫大な利益を得ています。先日もアメリカでは非営利の団体がこれに反対の声をあげたそうです。しかし「先進国」のエイズ患者団体にはそういった反対行動が可能かもしれないけれど、アフリカのような「途上国」地域の人々は反対の声をあげることすらできないわけです。彼/彼女らは、特許料を上乗せされた高額な治療薬を買うことができない。また「知的所有権」(つまり特許)がWTOによって保護されているため、ジェネリック薬の製造も進まない。これもやはり「先進国」のグローバル資本/企業の利益追求が、「途上国」の人々を苦しめている例といえるでしょう。
等々、いくらでも例はあがると思います。アディダスのサッカーボールを縫製する人々の手があまりの重労働に痛めつけられていること、少しでも安い賃金水準の地域を探してナイキの工場は移動していること…いろいろ身近な多国籍企業が、世界の途上国に影響を与えているようです。
本当に7月初旬、デモをやりたいと思っています。このブログ上でもみんなで考えてみませんか?


