2006/07/30/Sun
立花です。先日、fainrain君からのメールでは、八月の研究会に参加するとのことでした。久しぶりです。
西川さんが長期欠席で寂しいところですから、喜ばしいニュースです。
2006/07/29/Sat
立花です。
昨日「京都自由大学」の池内さんの講義を聴いて来ました。約一時間ほど、テレサ・ハッキョン・チャと『ディクテ』について話されました。西岡さんもわざわざ遠くから来てくれて一緒に拝聴しました。
わずかですがチャの映像を見られたのが有難かったし、池内さんは演劇が専門で、『ディクテ』に基づいて芝居を作って上演したフィルムも少し見せていただきました。なかなか精力的な方です。
けれども静かな口調で誠実そうな話しぶりに好感が持てました。会場は十数名で、『ディクテ』を読んでいるのは、どうも西岡さんと私くらい、他はチャのことも作品も知らない、という聴衆。
おかげで私たちが『ディクテ』を持っているのを眼にし、嬉しそうでしたし、少し話をすることもできました。最後に名刺と拙作『当代伝奇 かすれる声』を押し付けて来ました。この本を書く動機と、チャの『ディクテ』とは相通じるものがあります。
彼女曰く、時間はかかるかもしれないけど、読んだらメールしますと。待ちたいものです。
2006/07/20/Thu
今日書いたコメントのつけたしです。
映画と言えば、見たいものが何個かあります。
出草之歌:http://headhunters.ddo.jp/default.files/frame.htm
・蟻の兵隊:http://www.arinoheitai.com/
・ あんにょん・サヨナラ:http://www.annyongsayonara.net/sayo/index.htm
・ 13歳の夏に僕は生まれた:http://www.13natsu.jp/
などなどです。地元の映画館でやっていればいいのに・・・。
どなたか見に行かれる方がいたら、ぜひ報告をお願いします。
「シティオブゴッド」をレンタルで見て、ストリートチルドレンの問題について(?
)書かれた本(「リオの路上から イボネと子供たちhttp://home.u03.itscom.net/riokids」)を注文しました。
届いたらすぐ読みたいのですが、レポートの本を先に読まないといけなくて、もどかしいです・・・。
2006/07/20/Thu
はじめまして☆ロボコップ(前回の研究会の二次会でヨマンゴに続けとばかりに無理やりに誕生したこのあだ名は半ば強制的に私に託されたので、あまりしっくりきていないんですが…かといって良いあだ名も思い浮かばないので、当分はロボコップでいくほか無いんですよね…)です。
僕はマイノリティ問題に興味があり、そのようなボランティアにもどんどん参加していこうと思っていますので、ここではそんなことを中心に書き込んでいきたいと思います。
あっ!立花先生、このコーナーをたちあげるにあたっていろいろご足労をおかけしてすみませんでした。これからはどんどん書き込んでいこうと思いますのでヨロシクお願いします。
2006/07/17/Mon
が、高槻であるそうです。以下、転載します。
また、うききさんからお聞きしたのですが、
http://www.kyokiren.net/
にも情報があるそうです。
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◆◆高橋哲哉講演会◆◆
愛国心のつくり方、使われ方〜教育基本法・靖国・憲法をつら
ぬくもの〜
教育基本法「改正」の動きが進んでいます。
教育基本法「改正」と靖国問題は、一見、別々の問題に見えて
、実は、その果たす役割において深く結びついています。改憲
の手続法である「国民投票法」制定の動きも進められています
が、改憲の目指すものと、教基法「改正」や靖国が、
それに果たす役割とは、何でしょう。子どもたちにまつわる問
題を解決するかのような錯覚を振りまきながら進められる教基
法「改正」。死者の魂に手を合わせることが悪いはずはない、
といわんばかりに参拝を続ける首相。「良いこと」に
反対できない心理を操りながら、私たちの心情を知らず知らず
変えていく仕組みがそこにはあります。平和を願い、戦争を憎
む「思い」を、命を捨てることも、あやめることもいとわない
心情へと変えていく巧妙な「仕組み」について考えて
みたいと思います。
<高橋哲哉> 1956年、福島県生まれ。
東京大学大学院・総合文化研究科教授。
「教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会」呼びかけ人。N
PO前夜 代表理事。
著書:「記憶のエチカ」「デリダ」「戦後責任論」「心と戦争
」「靖国問題」など
■日時 7月26日(水)6:30〜9:00(開場6:00
)
■場所 高槻現代劇場文化ホール2階・展示室
阪急高槻市駅下車南に徒歩5分
■参加費 700円 保育要申込み
連絡 押しつけないで日の丸・君が代高槻市民ネットワー
ク
2006/07/16/Sun
立花です。昨日の午後、「太陽」で行われた研究会、社会学者渡辺さんの報告「空間・運動・アナキズム」(参考文献『ミッキーマウスのプロレタリア宣言』)で、渡辺さんの友人の方たちも参加されました。
スエーデンのカールさん、フリースペースの西川さん、精神分析医の鈴木さん、教え子の高柳さん、享保君。
いつものメンバーとしては、西岡さん、木曾さん、前木さん、荒牧さん、藤高君、山中君、猪原君、西川さん、遅れて前木さん。
メキシコに一年留学する西川さんの壮行会を二次会で行う予定でしたが、西川さんの都合が悪く実現しませんでした。
二次会には、渡辺さん、荒巻さん、西岡さん、木曾さん、山中君、前木さん、藤高君に、鈴木さんとそのご家族。
にぎやかに行われました。なお、このブログによまんご・山中君たちにも発言の場所を設けましたので利用して下さい。
2006/07/14/Fri
立花です。7月の研究会その2が明日に迫りました。
場所は「太陽」(分らない方は、2時十分に紀伊国屋前集合)
時間は2時半からです。
報告者は渡辺さん。一応参考文献は平井玄『ミッキーマウスのプロレタリ宣言』です。
当日は二次会で、西川さんの壮行会を行います。
先日は、西川さんには忙しい中、ベル・フックスの報告担当をしていただきました。本当にご苦労様でした。
では明日。
2006/07/10/Mon
昨日、大阪上本町で、7月の研究会のその1を行いました。
ベル・フックス『フェミニズムはみんなのもの』
報告 西川さん
参加者 藤高君、渋谷さん、西岡さん、荒牧さん、嵐さん、猪原君、山中君、緑川さん、前木さん、木曾さん、立花でした。
二次会にはひさびさにちょんさんが飛び入り。
彼女の周りは同窓会のように盛り上がっていました。
おかで木曾さんが影のように。
フェミニズムはみんなのもの―情熱の政治学 / ベル フックス
2006/07/09/Sun
立花です。7月15日「太陽」で行います研究会、報告者の渡辺さんから文献のお知らせがありました。
平井玄『ミッキーマウスのプロレタリア宣言』太田出版
日が迫っていますので早い目に読みましょう!!!
2006/07/09/Sun
立花です。9日の研究会、場所は上本町に決まりました。
また教室番号は追って報せます。
2時半には集合して下さい。
ベル・フックス『フェミニズムはみんなのもの』
報告者 西川さん
2006/07/02/Sun
立花です。太陽のオーナーの推薦書を読みました。
著者が私とほぼ同時代を生きている人なので、内容もストレートに入ってきます。永山則夫を新しい存在として捉える観点は興味布深く拝読。(ちなみに私は、永山則夫の事件当時、自宅に刑事がやってきました。容疑者の一人として疑われたようです)
独自の観点からのアプローチ。アカデミックとは程遠いその視点、私などは共鳴できますし、平明な語り口も独特。こういう書き方・アプローチもあるのだと改めて感心。
ネクタイを締める職業だけには就きたくなかった、という姿勢は共有しており、私の職場はそのような人たちの吹き寄せられて来た社会の「吹き溜まり」です。YゼミやS台も、もとはそうだったのですが、90年代以降、決定的に異なって来ましたが、K塾はいまだそうです(笑)
そういえば、細見和之氏の『アドルノ』の末尾に、平井玄さんからCDを借りた、という記述を発見。東方ユダヤ人の音楽だそうです。
では、研究会は、今度の日曜日ですね。みんなベル・フックスは読みましたか? 楽しみにしています!!!
2006/07/01/Sat
立花です。昨日は、「太陽」で研究会を行いました。
報告は藤高君で、『マルチチュード』の二回目。
出席者は、荒牧さん・木曾さん・西川さん、山中君、前木さん、渡辺さんでした。
なお、次回は、7月9日の日曜日、午後二時半からですが、場所はまだ未定。渡辺さんの「太陽」が使えるかどうかわからないので、今週中には決定します。
扱う書籍は、西岡さんお奨めのベル・フックス『フェミニズムはみんなのもの』新水社です。報告担当は西川さん。彼女はこれを最後にメキシコに留学します。
なお、参考までに同じ著者の『ブラック・フェミニズムの主張ー周縁から中心へ』勁草書房も余裕のある人はどうぞ。
なお、トリン・T・ミンハの『月が赤く満ちる時』みすず書房『女性・ネイティブ・他者』岩波書店、またテレサ・ハッキョン・チャの『ディクテ』青土社も、そのうち扱います。
また数ヶ月前に出たばかりのカン・サンジュン氏の『姜尚中の政治学入門』集英社新書も読める人は読んでおいて下さい。秋には前木さんが報告してくれる予定です。
私としては、『マルチチュード』の続きとして、柄谷行人氏の『世界共和国へー資本・ネーション・国家』岩波新書も近いうちにと思っています。ネグリたちへの批判もあり、刺激的です。『トランス・クリティーク』も併読するとよいかも知れません。
細見和之氏の『言葉と記憶』岩波書店(2005)は、映画「ショアー」や「ナヌムの家」の三部作などの上映に尽力してきた著者の問題提起です。これもなかなか刺激的でした。さらに『アドルノの場所』みすず書房(2004)も読みました。これらについてはまた詳しく書きたいと思います。優れたアドルノ研究者の著作なのですが、根本的なところに一点、違和感を持っています。
アドルノを始めとする西欧の思想家をそう全肯定していいものかどうか。細見氏の論文を読んでいると、自らをアドルノにアイデンティファイしているように受け取れますが、歴史も言語もさらには思考の姿勢も異なる彼が、ドイツ語を操りながら振舞うアドルノ読解には、そこに書き込まれているはずの「距離感」がほとんどないようなのです。
私には、常にその距離感を見定めたい、距離をおきたい、という気があるからなのですが、細見氏の著作にうかがわれる態度は小林秀雄以降の日本の評論などに顕著な態度で、いわばその偽装が気になります。
何も東アジアと西欧という2項対立的な思考を言っているのではありません。確かにグローバリゼーションを前提にすれば、世界は均質なものと見えてくるでしょうし、課題の共通性も疑いをいれません。しかし、そこには「同一」に語ることのできない「非同一性」(アドルノの用語)もあるでしょう。その「非同一性」を語ることなく「同一」を前提に論じる細見氏の姿勢に、違和感を抱くのです。
アドルノの問題構成を「継承する」と彼は言いますが、そのことの一端が、彼の実践において「ショアー」や「ナヌムの家」の映画鑑賞会の実行として現れていることは評価できるとしても、そこには幾重にも錯綜した過程があるはずで、そこの腑分けが不十分にも思えるのです。
こう書いても言葉足らずの感を否めません。稿を改めて書いてみたいと思います。
極めて理論的な『アドルノの場所』と心情的な『言葉と記憶』、この距離をどう埋めていくかが私には期待したいところです。