2005/10/28/Fri
立花です。年一度発行の雑誌「架橋」(磯貝治良さん主宰の「在日朝鮮人作家を読む会」)の今年度号が出ました。
私も作品を載せています。1部500円。次回の研究会に大量持参しますので、購入・カンパをよろしくお願いします。
2005/10/26/Wed
平凡社から『金石範作品集』(全二巻)が出ましたが、その「出版を祝う会」が11月5日(土曜日)午後に6:30より、大阪の上六にある「たかつガーデン」で開かれます。参加費用は1万2千円と高いですが、7,600円の上巻がついています。なお、下巻は5,000円で会場で売るとか。
希望者は速やかに知らせて下さい。
なお、大阪の「祝う恢」の世話人が聖公会生野センターの呉光復さん。
確か、今春、テッサさんが日本に取材に来られたとき、案内をされた方ですよね。西川さんが一緒に行かれたという。
私は参加する予定です。呼びかけ人に金時鐘さん、高史明・石牟礼道子・井上ひさし・川村湊・李鍾元・杉原達・小森陽一・岩崎稔・梁石日氏・李静和さんなどの名が見えます。最後に玄月氏も。
東京でも開かれたようですから、呼びかけ人のすべてが来るとは思われませんが。関西在住の人たちは来ると思われます。
2005/10/25/Tue
最近自分のなかで「いかに生きるか」という至上問題についてすごい変化がおきた。
それは自分の価値観を「絶対」的なものととらえるか、「相対」的なものととらえるか、です。
前者の方が「生きやすい」でしょう。自分が信じていることが「絶対」的に「正しい」とおもえばそれはこういう余計なことは考えずにすむ。
けどそれは自分にとって高校時代の制度の中の自分と何も変わらないとも思うのです。
特に今は学生という特権的な地位にいるわけですからマイノリティの意見はどんどん吸収したいし、マジョリティの意見の問題点をしらなければならない。
とにかく私はこれからも「柔軟」に「自己解体」をしていきたい!!!とおもうわけです!
まだ自分の方向が決まっていない分これからは「他者に写る自己」を考えていきたいです。今までは他者からの言葉に対して設定した「問題」を「自己」のなかで結構処理してたとおもうので、これからは問題の設定を「他人に写る自己」に基づいておこなっていきたいです。
まだまだ「相対」的に価値観を広げていけてうれしいです。立花先生をはじめ私にその機会を与えてくれた人に感謝します!!
2005/10/21/Fri
立花です。「feinrainのつぶやき」というコーナーを設けましたが、ご一覧ありや否や。誰も「応答」を記していないので、老婆心ながら。
「一言」でも応答してあげると、書き手は嬉しいもので、また書こうという気になりますが、何も応答がないと・・・・・
来月6日の研究会の課題書、『自由を耐え忍ぶ』はもう読了されたでしょうか? 先日、藤高君が、「もう少し」と言っていました。
西岡さん、会場の手配をまたよろしくお願いします。
明後日の「在日朝鮮人作家を読む会」の報告のために読んで面白かった書。
林鍾国『親日文学論』(朝鮮人で、戦中皇民的言動をした人たちの記録)
川村湊『酔いどれ船の青春』(田中英光の『酔いどれ船』という作品を論じつつ、日本近代文学が闇に葬ってきた朝鮮人文学者の問題を扱っている)
林浩治『在日朝鮮人日本語文学論』(主に作家金泰生論)
戦中、創氏改名など「皇民化政策」がとられる中で、朝鮮人たちは日本語で詩を書くことにどのような意味を見出していたか?
今レジュメを書いています。
なお、「架橋」25号ができました。私の作品も掲載されています。
6日の日に購入・カンパして下さい。500円です。(笑い)
2005/10/15/Sat
先日、子安宣邦氏の「『文明論の概略』精読」を読みました。その感想を述べたいと思います。
福沢諭吉は自らの文明論的哲学を国民の「智力」、つまり国民が「衆論」(大衆の議論の意)を構成する能力に基づく「先取りの気風」の向上のなかに見出したということを前提として理解するととても面白い議論だと思いました。
まず福沢は上述の文明論的哲学を現実のものとするために江戸時代以前の専制政治を「親祖の敵」として厳しく非難します。というのは福沢が目指す政治というのが国民がそれぞれ意見を言い合うことが可能である多元的な体制でなければならず、専制政治では言論の自由が満足になかったためそれが育たなかったと考えたからです。
ここでこの前近代的な専制政治のイメージには「中国」に対するオリエンタリズムが見えるのですがこれは子安氏の「『アジア』はどうかたられてきたか? ーー近代日本のオリエンタリズム」を参照するとより詳しく理解できるのでお勧めです。
この本を読む前の僕のイメージは福沢諭吉は高橋哲也氏の「靖国問題」で引用されているように、国体論を支持した近代ナショナリズムの祖だったのです。
ところが自らの文明論的哲学にのっとって彼は国体論と対決している!!!!!!!!!!
なぜかというと天皇を頂点とする国家は皇帝を頂点とする中国と同じように(模倣したから当然といえば当然なのですが、、、、)一元的支配に帰してしまうからだというのです。確かに原文から引用されている限りにおいてそれはそうとしか読めないし、彼の文明論的哲学からすれば論理的にも妥当性はある。」
実際の行動と理想の乖離?????????????
このとき僕の頭にはクエスチョンマーク二十個ぐらいが駆け巡ったのですが、子安さんはこの答えをほのめかすような記述を残しています。
つまり福沢諭吉は天皇の「反対」者ではなかったということです。
彼にとって一番重要なのは西欧列強の進出するという危機において「一国の独立」を保つことであり、自分の信条を押し通すことではなかった。「時勢」をかんがみて天皇中心の国家をつくることのほうが、日本の「独立」に適していると判断したいえるでしょう。
つまり彼にとって「文明」とは「独立」の道具に過ぎなかったと子安氏は結んでいますが、このことが一番重要であるとおもいます。つまり自分の頭の中ではとても建設的なことを考えているのに実際には功利主義的に動いていった。ここがかれの功罪を最大に左右することであると私は思います。
私が「いい」などの価値判断をするときはみなさんの価値判断を仰ぎたい、なぜなら人間というものは究極的に道徳的に人を裁けないと思うから、たとえばこの場合近代はそういう時代だからという考え方の人もいるでしょうしその人からも話を聞かないと凝り固まってしまって非常に危険です。)
あと「文明」論といっている時点で「野蛮」と「文明」の対立構造が内在していることも非常に重要な点であると思われます。これはギゾーの「ヨーロッパ文明史」の影響が著しくみられたり、「進歩」と「停滞」というダーウィン的な進化論的影響をうけていることからもわかるように、福沢がヨーロッパの思想をまなんでいるということから発生したとかんがえられます。
ちなみに福沢が創設した大学でかれの文明論的哲学が実際に行われているとは思えません(笑)
以上感想を求みます!!!!!!
2005/10/15/Sat
先日、子安宣邦氏の「『文明論の概略』精読」を読みました。その感想を述べたいと思います。
福沢諭吉は自らの文明論的哲学を国民の「智力」、つまり国民が「衆論」(大衆の議論の意)を構成する能力に基づく「先取りの気風」の向上のなかに見出したということを前提として理解するととても面白い議論だと思いました。
まず福沢は上述の文明論的哲学を現実のものとするために江戸時代以前の専制政治を「親祖の敵」として厳しく非難します。というのは福沢が目指す政治というのが国民がそれぞれ意見を言い合うことが可能である多元的な体制でなければならず、専制政治では言論の自由が満足になかったためそれが育たなかったと考えたからです。
ここでこの前近代的な専制政治のイメージには「中国」に対するオリエンタリズムが見えるのですがこれは子安氏の「『アジア』はどうかたられてきたか? ーー近代日本のオリエンタリズム」を参照するとより詳しく理解できるのでお勧めです。
この本を読む前の僕のイメージは福沢諭吉は高橋哲也氏の「靖国問題」で引用されているように、国体論を支持した近代ナショナリズムの祖だったのです。
ところが自らの文明論的哲学にのっとって彼は国体論と対決している!!!!!!!!!!
なぜかというと天皇を頂点とする国家は皇帝を頂点とする中国と同じように(模倣したから当然といえば当然なのですが、、、、)一元的支配に帰してしまうからだというのです。確かに原文から引用されている限りにおいてそれはそうとしか読めないし、彼の文明論的哲学からすれば論理的にも妥当性はある。」
実際の行動と理想の乖離?????????????
このとき僕の頭にはクエスチョンマーク二十個ぐらいが駆け巡ったのですが、子安さんはこの答えをほのめかすような記述を残しています。
つまり福沢諭吉は天皇の「反対」者ではなかったということです。
彼にとって一番重要なのは西欧列強の進出するという危機において「一国の独立」を保つことであり、自分の信条を押し通すことではなかった。「時勢」をかんがみて天皇中心の国家をつくることのほうが、日本の「独立」に適していると判断したいえるでしょう。
つまり彼にとって「文明」とは「独立」の道具に過ぎなかったと子安氏は結んでいますが、このことが一番重要であるとおもいます。つまり自分の頭の中ではとても建設的なことを考えているのに実際には功利主義的に動いていった。ここがかれの功罪を最大に左右することであると私は思います。
私が「いい」などの価値判断をするときはみなさんの価値判断を仰ぎたい、なぜなら人間というものは究極的に道徳的に人を裁けないと思うから、たとえばこの場合近代はそういう時代だからという考え方の人もいるでしょうしその人からも話を聞かないと凝り固まってしまって非常に危険です。)
あと「文明」論といっている時点で「野蛮」と「文明」の対立構造が内在していることも非常に重要な点であると思われます。これはギゾーの「ヨーロッパ文明史」の影響が著しくみられたり、「進歩」と「停滞」というダーウィン的な進化論的影響をうけていることからもわかるように、福沢がヨーロッパの思想をまなんでいるということから発生したとかんがえられます。
ちなみに福沢が創設した大学でかれの文明論的哲学が実際に行われているとは思えません(笑)
以上感想を求みます!!!!!!
2005/10/14/Fri
木曽さんが二回のレジュメを送ってくれたので、それぞれの月の報告のところに載せておきました。8月と10月の報告の「コメント」に入っています。
レジュメをこのように載せていけば、参加できなかった人たちにも参考になりますよね。今後はできるだけそのようにしたいと思います。
また「feinrainのツブヤキ」も設けました。東京のK大に行っている人ですが、読んだ本の感想やK大の状況などを書き込みたいと抱負を語ってくれています。楽しみに待ちたいものです。
他の人も、自分のコーナーの欲しい方は一報下さい。皆さんに自由に使って貰える方が嬉しい。
2005/10/09/Sun
立花です。昨日第27回研究会を行いました。
K・ヤスパース著『戦争の罪を問う』平凡社ライブラリー
報告者 西川さん
参加者 荒牧さん、藤高君、中島さん、西岡さん、木曾さん。
なお、次回28回研究会は、10月9日(日曜日)午後2時15分集合
扱う書は、姜尚中『在日』講談社
報告者 木曾さん
なお、第29回は、
テッサ・モリス・スズキ『自由を耐え忍ぶ』岩波書店(報告者は荒牧さん) を予定しています。
2005/10/07/Fri
あさって、9日(日)午後2:15分、梅田紀伊国屋前集合。
テキスト 姜尚中『在日』講談社
報告者 木曽さん
以前から読みたかった、西村秀樹著『大阪で闘った朝鮮戦争ー吹田枚方事件の青春群像』岩波2004をようやく読みました。
帯に梁石日が「朝鮮戦争の真っただ中で起こった吹田・枚方事件を軸に、戦後史の闇を描き、自衛隊のイラク派兵の本質とアメリカの占領政策が、いまなお続いているということを、わたしたちはこの本で知るだろう」とあります。
詩人の金時鐘の言葉「軍需列車を一〇分遅らすと、うちの同胞一〇〇〇人の命が助かると言われたし、実際そうだったんです」が象徴するように、日本で軍事物資(武器弾薬)が作られ、半島に送られていた。
それを阻止しようと当時の日本共産党を中心に在日朝鮮人たちと一緒に戦ったのが吹田事件。今なお明らかにされていない事件を、証言等で描き出したもの。戦後史の一隅に光が当てられている。
若い人たちが戦後史を知るには格好の著、です。
2005/10/01/Sat
70年代から雑誌『世界』で、「韓国からの通信 T・K生」が連載されていました。パッチョンヒ政権下の民主化闘争を描いた壮絶な内容でした。
そのT・K生が、池明観(チ・ミョングゥアン)氏だということが03年に公表されましたが、その伝記が『境界線を超える旅ー池明観自伝』岩波2005です。また『T・K生の時代と「いま」』一葉社2004も読みました。
先日、金蒼生氏に会いに、八戸ノ里まで行きまして、拝借した小説集『赤い実』行路社1995と随筆集『私の猪飼野ー在日二世にとっての祖国と異国』風媒社1982を、昨日読みました。
そろそろ「玄月・金蒼生」論を書かなくては・・・
2005/10/01/Sat
ウオルター・サレス監督の「The motercycle diaries」。詳しくは、
http://www.herald.co.jp/official/m_cycle_diaries/
若きチェ・ゲバラを描いたもの。前半はつまらんなと思いつつ見ていたのですが、後半、ゲバラの次第に変わっていく表情がよかった。先住民、ハンセン病の人たちとの接触を通して、徐々に社会意識を持つ様相がよく描けているよう。
この監督は「セントラル・ステーション」というこれまた叙情的な問題作を見て以来知っていました。
いずれもレンタルビデオで見られます。
またスティーヴン・フリアーズ監督の「堕天使のパスポート」も面白かった。http://www.datenshi.jp/参照。
ロンドンに集まる移民・難民・亡命者を主題にしたもの。難民トルコ人女性と不法入国のナイジェリア人(もと医師)との悲しい恋の物語。
また「ボーン・スプレマシー」、これは続編で、前に同じ主人公の物語を見ました。娯楽作品としてはよくできています。テンポが早すぎて、年寄りにはちょっとしんどかったけど。
あと、アンジェリーナ・ジョディの「The Road to hell」(日本語題名は失念」、建国当時のアメリカが舞台で、人種差別を徐々に乗り越えていく主人公たちの物語。ちょっといい加減なところもあるけど、まあ良心的な作品なのでしょう。